小鼓草子2020

小鼓方観世流能楽師岡本はる奈のブログです。舞台・ワークショップ・稽古場案内と日々の出来事など。横浜、相模大野、東京杉並区にて小鼓指導しております。フランス語版ブログhttps://notesdunkotsuzumi.blogspot.com/

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能楽研修生だった頃 ⑮

〜15 研修旅行・春日若宮おん祭〜

 

「Kちゃんといっしょにフィンランドに旅行してきたの」

そういって学生時代の友人から、ムーミンの枕カバーをおみやげに貰ったのは研修生としてまだまだ能楽の世界には慣れず、いろんなことが初心者で、すっかり小学生気分だったころ。私の実年齢はしっかり20代後半になっていました。大学時代の同級生たちは社会人も板につき、女友達も有給休暇を使って海外旅行をしている時期。

 研修期間は大抵の人がそうだと思いますが、経済的余裕なし&時間なし&気持ちの余裕なし。

似たような感覚におちいるのどんな状況でしょう?大学院博士課程に行っていた先輩で同じような悩みを聞いたことはあります。

もちろん気分転換に海外行くわけもなく…そんな研修2年目、研修旅行ということで奈良に行く機会が!国内でも関東圏以外の移動がほぼない時期なので嬉しかった。

研修旅行で能に関連のある行事や史跡を訪ねるということは、先輩方のときも行われていたそうです。引率は国立能楽堂の職員さんたち。

師走の風が吹く東京を出発、わたしたち8期生4名は奈良県奈良市春日大社で行われる「春日若宮おん祭」を観に行きました。

 

2009年12月16日。

「とにかく、ものすごく寒いからね!防寒対策しっかりしていきなさい!」という、養成課の係長さんの言葉もあり、マフラー、コートはもちろんのこと、ヒートテックの下着や貼るカイロ、ブーツと靴用のホッカイロに予備の手袋…と考えつく限りの防寒グッズを携帯して、向かった先は深夜の春日大社

ブーツの中敷きに入れた靴用カイロや二重にはめた手袋のおかげで身体はポカポカと暖か。

日付が変わる午前0時に本殿から出した御神体が暗闇中、榊の葉で隠されながら御旅所に移されます。道を浄めるために松明を引きずったところを御神体を持った神官たちがすすみ、道のあちこちに残っている火の粉と差し込む月の光だけが見える。その場にいる人たちは皆「ミサキの声」を発せなければならずちょっと恥ずかしいと思いながらも「ヲー、ヲー」と暗闇の中、周りの人と一緒に唱和。歩いているのでまだここでもそこまで寒くはない。

御旅所に御神体が移ってからは、パイプ椅子に座って「暁祭」を見学。口元が寒いのでマスクをしてマフラーをぐるぐる。この時点で大体午前1時。段々と寒さが身体にしみてきます。

 それぞれの座っている椅子の足元には熾した炭火が点々と置かれていました。手を近づけると暖かい…と、指先が炭に触れた瞬間「ジュッ」と音がしてフリース手袋に大きな穴が空きました。

御旅所の御神体が収まる仮造りの神殿の前の広場では祝詞に続いて神楽が奉ぜられます。篝火に照らされた中で神秘的…でも……篝火の煙が風であちこちにいって、しっかりコートもマフラーもいぶされて、眠気も手伝い、お腹もちょっと空いてきて…今思えばもったいないのですが、半分眠りながら、しっかり神楽を見ていたとはお世辞にも言えない状態でした。




 *「春日若宮おん祭り」は平安時代から870年以上に渡って続いているというものすごく由緒正しいお祭りです。普段は若宮神社に祀られている御神体を「御旅所」と呼ばれる仮設の社に移し、神様をもてなすために神前で日本古来からの芸能が次々と奉納されます。もちろん能も「猿楽」として参加しています。