小鼓草子2020

小鼓方観世流能楽師岡本はる奈のブログです。舞台・ワークショップ・稽古場案内と日々の出来事など。横浜、相模大野、東京杉並区にて小鼓指導しております。フランス語版ブログhttps://notesdunkotsuzumi.blogspot.com/

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能楽研修生だったころ ⑱

〜18 基礎研修修了を控えて・3年目〜

 

 研修3年目に入ると、楽屋働きも少し慣れ、アルバイトを定期的にしつつ、兄弟とのルームシェア生活も程度安定…といった調子で、ようやくリズムができてきました。

このころから、というか兄弟3人で暮らすようになってしばらくしたときから、月に1度くらい大先生(観世豊純先生)のお宅に伺って、ご飯をいただいたり、お稽古をしていただいたり、というようになったと思います。

大先生の奥様に生活の相談などにのっていただいて、ありがたかった。

親代わりに心配してくれる人がいるというのは心強かったです。

   

 研修期間中、研鑽会は年に3回。3月、6月、10月と毎回舞囃子を打たせてもらいます。

 1年目から謡の稽古や座学の授業を一緒に受けてきた同期の研修生も少しずつ難しい狂言や能の役をさせてもらうようになり…基礎研修修了公演と銘打った何度目かの能楽研鑽会。私は初能で「田村」を打たせてもらえることになりました。ワキの役は同期の研修生です。

舞囃子は15分〜30分くらいの能の1場面を鼓で打つのですが、能1番となると時間も長いし、次第から道行き、初同に下げ歌上歌と覚えて打つところも沢山あります。

大先生(観世豊純先生)から、毎回稽古のたびに1曲通してのお稽古をしていただき、稽古が終わると楽屋食堂で一緒にご飯を食べて…の繰り返し。(大先生はよく、山菜そばを召し上がっていました)

もちろん、若先生(新九郎先生)の厳しいお稽古も印象に残っています。

当時の研鑽会の申合せは1週間前だったので、月曜日に申合せをした後の稽古で先生に直すべきところ、所作についての注意などを受けて次の週にそなえていました。

半幕ででて、橋掛かりを歩いていくのも初能のこのときが初めて。舞囃子では切戸口から出入りするので橋掛かりは使いません。

国立能楽堂の橋掛かりは、他の能楽堂のそれと比べても長いのですが、申合せで初めて歩いた時は緊張していたせいもあり、ほんとうに果てしなく感じました。

因みに、サークル時代に習っていた狂言の影響で今でもちょっと狂言の歩みの気分で歩いてしまうときがあります(笑)

 

そうして備えた3年目の研修が終わる年度の研鑽会は、2011年3月14日でした。