小鼓草子2020

小鼓方観世流能楽師岡本はる奈のブログです。舞台・ワークショップ・稽古場案内と日々の出来事など。横浜、相模大野、東京杉並区にて小鼓指導しております。フランス語版ブログhttps://notesdunkotsuzumi.blogspot.com/

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能楽研修生だった頃⑬

〜社中会の着物〜

 研修生2年目から流儀の先生の舞台のお手伝いで能楽堂に出入りをするようになると、大変なことばかりでなく楽しいこともありました。

 社中会での働き(=楽屋で先生の手伝い)では囃子方地謡はプロ、主役として舞ったり謡ったりするのが、会を主催されている先生のお弟子さん(趣味として能楽をお稽古している方)たちです。1年間、あるいはそれ以上の間にお稽古を重ねてきた成果を見せる発表会ですので、どなたも趣向を凝らした美しい着物をその日のために準備されています。

現在の観世能楽堂は銀座六丁目の商業ビルの地下にあり、囃子方の楽屋は奥まったところにありますが、私が研修生の時は渋谷の松濤に能楽堂がありました。

 そこでは囃子方の楽屋は、ちょうど楽屋口を入って一番手前。働きとしてお手伝いに伺っている時はしばしば廊下に出ていることがありました。舞台から聞こえてくる謡に耳をすませ、今はどのあたりを謡っているかを確認するように先生から言われるからです。私が立っていたところは、ちょうどおシテ方の部屋へと続く廊下の端のあたりでした。そのため、自分の出番が近くなって楽屋に入ってきた、華やかな着物姿の皆さんが歩いていく後ろ姿を見ることになるポジション。

 廊下で次々に目の前を通り過ぎては遠ざかっていく着物姿の人々。呉服屋さんの展示会よりも遥かにバリエーションに富んでいて、ため息が出るくらい美しい着物や帯をうっとりと眺めていたのを思い出します。多くの方が発表会で舞う、あるいは謡う曲に合わせて着物の色や柄、帯を選んできているというのも、段々とお稽古や楽屋働きで能の曲について詳しくなるうちに、より楽しめるように。着物を着る方の個性と、曲の個性とが着物の着こなしに表現されていました。

 現在は喫煙室がある能楽堂が多いですが、研修生だったころはまだ分煙が進んでいない時期でしたので、楽屋の副流煙に悩まされたり、朝から晩まで楽屋で正座して足がだるくてたまらなかったり、着物のたたみ方や楽屋での作法で先生からたびたび怒られたり…そんな中でも何度も楽屋に伺ううちに、他の流儀の先生の中には声をかけてくださる方もいらっしゃいました。話しかけられると、緊張するけどやっぱり嬉しい。そんな時期でした。